名無しさん

湊かなえ 短編集「サファイア」より「真珠」を読んで

公開日: 2021-12-29 09:30:36 (2015文字)
更新日: 2022-01-10 10:22:14
湊かなえ 読書感想 小説

湊かなえさんの短編作品 真珠

湊かなえさんの短編集「サファイア」より「真珠」を読みました。

目次

短編作品「真珠」の感想

たった1行で物語が急展開

読み始めてからの私は「りんごちゃんこと、たぬきおばさんの自宅に呼び出された保険の営業マンとおぼしき男(平井篤志)が、長々とたぬきおばさんの思い出話を聞かされているのかな?」と、想像しておりました。

しかし、ページをめくり、最初の1行目を読むとガラリと話が急展開。

「もしかして、それであなたは火をつけたのですか?」

この1行で、ほのぼのとした雰囲気がダークな世界に急展開。その場所は、たぬきおばさんの自宅ではなく警察署の留置場でした。

先程までの思い出話は、留置場で語られていたのですね。となると、このたぬきおばさん、普通の人ではないホラーな雰囲気が漂ってきます…。

別人に成り代わっていた

たぬきおばさんは、放火で友人を殺害し、その友人に成り代わっていた。

別人に成り代わるという話っていくつかあると思いますが、その度に宮部みゆきさんの「火車」が頭に浮かびます。

成り代わるって簡単にできるもの?

放火で殺害した友人に成り代わると言っても、顔は違うのだから周囲の人を騙す事は不可能では?それに、警察が遺体の身元を調べるはずですよね?

という事が頭を過りましたが、まあ短編なので、そこは深く考えずにスルーしましょう。

体育館に放火をした理由がわからない

たぬきおばさんは、発売中止になってしまった「ムーンラビットイチゴ味」を再び発売してもらう為に連続放火を犯しました。ちょっと待って、頭の中が「???」になりますよね。

彼女によると、その後の裁判や世間に対して「ムーンラビットイチゴ味」の魅力をアピールすることで再発売が実現すると語っていますが、もう支離滅裂ですよね。

こんなめちゃくちゃな発想をしてしまうところが、このたぬきおばさんの怖いところです。

ムーンラビットイチゴ味に憑りつかれてしまった…

たぬきおばさんは「ムーンラビットイチゴ味」のおかげで幸せになったと信じているが、そうではなく「ムーンラビットイチゴ味」に憑りつかれてしまったのでしょう。

そう考えると、体育館に連続放火をするという支離滅裂な犯行に至った理由もわかるような気がします。

憑りつかれてしまった原因は、母親の育て方…

そもそも、たぬきおばさんが「ムーンラビットイチゴ味」にのめり込んでしまった根本的な原因は、たぬきおばさんを厳しく育て過ぎてしまった母親にあるのではないでしょうか。

「……応援します」の意味

妻の髪からはもう「マイルドフラワー」の香りはしない。人工的に二重にした彼女のまぶたは、最近徐々に腫れぼったくなっている。目の前にいる女のような顔になっていく彼女を、わたしはこの先愛し続けることができるだろうか。
「……応援します」

彼も憑りつかれてしまうのか?

妻に対する愛情が徐々に薄れていってしまうのでしょうか。不穏な空気です。

「……応援します」とはどういうことだろうか。「ムーンラビットイチゴ味」の復活を願うって事でしょうか。それとも「マイルドフラワー(妻が昔愛用していたシャンプー)」の復活を願うって事でしょうか。

たぶん後者かな。マイルドフラワーが復活すれば、妻への愛情も復活できるという彼の思いこみ。

いやまて、たぬきおばさんとマイルドフラワーは何の関係もない。彼がたぬきおばさんを応援したとしても、マイルドフラワーが再発売するという事にはならないでしょう。なんだか彼もおかしな方向に向かっているのでしょうか?

思えば、たぬきおばさんの思い出話を聞いている間も、自分の思い出に浸っている瞬間がありましたよね。(留置場で連続放火犯と面会するという普通ではない状況の中で、思い出に浸る余裕はあるものなのか?)

もしかすると、たぬきおばさんがムーンラビットイチゴ味に憑りつかれてしまったように、彼も「マイルドフラワーという香り」に憑りつかれてしまうのでしょうか…。

たぬきおばさんのような「揺るぎない一途な気持ち」で妻を愛し続けたいという願い?

たぬきおばさんは、犯罪を犯してでもムーンラビットイチゴ味を復活させようとした。

彼(平井篤志)としては、会社のイメージを守る為に行動するのだろうが、半面、たぬきおばさんの「揺るぎない一途な気持ち」を羨ましいと思ったのかもしれない。

「……応援します」という言葉は「揺るぎない一途な気持ち」を応援しますという意味であり、自分自身もそのような「揺るぎない一途な気持ち」で妻を愛し続けたいという願いからの言葉なのかもしれません。

ラストの笑顔

「ありがとう」
女は口元を覆わず、真珠のような前歯をのぞかせて、二コリと笑った。それはどんなCMモデルよりも魅力的な笑顔だった。

こんな状況にも関わらず平然と笑顔を見せるなんて、サスペンス映画のラストシーンのようで怖いですね。やっぱり、たぬきおばさんはムーンラビットイチゴ味に憑りつかれてしまったのだと改めて感じました。


ユーザーの設定により、コメントの書き込みはできません。

関連する投稿
#小説#湊かなえ#読書感想
1,074文字
5,782文字
2,282文字
1,492文字
1,476文字
441文字
#小説#江戸川乱歩#読書感想
316文字
1,106文字
1,062文字
2,097文字
966文字
#小説#山本周五郎#読書感想
1,232文字
1,620文字
1,003文字
1,196文字
642文字
#小説#東野圭吾#読書感想
4,776文字
#カズオ・イシグロ#小説#日の名残り#読書感想
524文字
#小説#読書感想
3,918文字
502文字