名無しさん

大沢在昌「鮫島の貌 新宿鮫短編集」を読んで

公開日: 2022-02-01 12:49:09 (3918文字)
更新日: 2022-02-01 12:42:48
読書感想 小説

鮫島の貌 新宿鮫短編集

読み終えた後の余韻が心地よい新宿鮫の短編集

目次

区立花園公園

桃井課長が主役の短編。マル暴の刑事・大森が、暴力団を使って鮫島を襲撃しようとしたものの桃井課長によって阻止された、というエピソード。

鮫島が職務に一生懸命なのはなぜか?

他の課の妨害?になろうとも、鮫島が職務に一生懸命なのはなぜか?

ただ真面目だからというわけではないだろう。点数稼ぎをしているというわけでもないだろう。犯罪を憎む特別な理由があるとか?公安の外事二課から飛ばされた件と関係があるのだろうか?

桃井課長が鮫島にあれこれ言わない理由

それは、鮫島があれこれ言う必要のないくらい優秀な警察官だから。実は、鮫島を息子のように思っており、自由にやらせてあげたかった…という個人的な感情もあるのだろうか??

桃井課長が鮫島を助けた理由

自分の部下だったからという理由だけか?いや、自身の危険を顧みずに鮫島を助けたという事は、鮫島に特別な思いを持っていたからではないのか。例えば、鮫島のような立派な警察官が、もし自分の亡くした息子だったら…という。

映画版では、室田日出夫さんが桃井課長を演じたが、鮫島の良き理解者であるのは間違いなさそう。まるで、鮫島の父親って感じだ。

タクシーを降りた鮫島は、ずっとその場にいたのか?

あの鮫島が、タクシーを降りた後にずっとその場に留まっていたなんて考えられないな。実は、桃井課長の行動を陰から見ていたのではないか?桃井課長が乱闘に巻き込まれずに収まったので、電柱付近まで戻り、何も知らないフリをしたのでは?。そして、騒ぎにならずに収まったから、桃井と一緒に署まで戻る事にしたのではないだろうか。

夜風

昔逮捕したヤクザから呼び出された鮫島がマンションの一室に向かうと、そのヤクザは銃を持っており、部屋の片隅に撃たれたマル暴の刑事が苦しんでいた…というエピソード。

部屋に忍び寄る際の臨場感や夏のジメジメした湿気や暑さが文章から伝わってくる。仕事の後にまた仕事と、多忙な鮫島の仕事に触れることができる。

ところで、マル暴の刑事ってのは、みんな暴力団と癒着してるのか??

似た者どうし

一人になろうと雑居ビルの屋上に出た青木晶は、そこである少年と遭遇する…というエピソード。他に「シティーハンター」「エンジェル・ハート」の冴羽獠と槇村香も登場する。

冴羽獠と槇村香の描写が違和感なく描かれているのが凄い。

少年を逮捕せずに自首させてあげる鮫島の優しさや「(少年のために)今日のステージは盛りあげるぞ」という晶のセリフなど心が温かくなる。

父親を刺してしまった大地少年は、きっと立ち直る事ができるだろう。

亡霊

張り込み中の鮫島が見かけたのは、須藤という極道の男だった…というエピソード。

須藤という極道の男は、目下の組員に恨まれて殺されるわ、死んだ後も弟さんに迷惑を掛けるわでとんでもない男だった。

ラストで「実は、双子の兄弟だった」という展開が用意されており、ストーリーも良く練られている。

感情を揺さぶられるような作品ではなかったが、鮫島の住んでいる世界に少しだけ触れる事ができた感じがする。

雷鳴

とあるバーでのエピソード。ずぶ濡れになった客とバーテンダーが言葉を交わしていると、そこに鮫島がやってくる…。

足を洗った昔の頭に頼まれて、ずぶ濡れの男を自首させてあげる鮫島がカッコいい。鮫島の台詞もカッコよくて、自分も鮫島みたいになれたらなぁ~、なんて思った。

バーテンダーが殺し屋だったという驚きの展開も良いし、バーでの光景が頭に浮かんで映画を見てる感じ。

ところで…。足を洗った昔の頭は、これからバーで起きようとしている事をどうして知っていたのだ??西の組員の誰か、あるいは、3年前に一緒に西に渡った兄貴が、事態を穏便に収拾しようと足を洗った昔の頭に頼んだのだろうか?

幼な馴染み

初詣に来た鮫島と晶と藪。そこで「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の両津勘吉と遭遇する…というエピソード。

新宿鮫の中に両さんが登場したという設定で読むと少し違和感を感じた。例えば、両さんとの再会にひどく怯える藪さんの描写や、両さんに拳骨されて涙目になるスリ師の描写など。

逆に「こちら葛飾区亀有公園前派出所」の中に鮫島、晶、藪さんが登場したという設定で読むと違和感が無かった。

再開

高校時代の同窓会に出席した鮫島は、そこで再会した元同級生の浜口に誘われて飲みに付き合う事にした…というエピソード。

鮫島のように、ヤクザから一目置かれるというのを一度味わってみたいものだ。

まだ何かができる。クスリをやる以外にな

車内での会話からすると、鮫島が新宿署に厄介払いされても警察官を続けているのは、自分にはまだできる事があり、できる事があるうちは警察官を続けていくということなのでしょう。

電話番号を消去したのは、高校時代の借りを返す為だったのか…?。いや、浜口を摘発して今の地位や名誉を奪ってしまうよりも、見逃してあげる事で彼に立ち直ってほしいし、彼ならそれができると考えたのだろう。鮫島自身が目をつぶれば、浜口の人生が丸く収まるし、他の誰かが困るわけでもないだろう、と。

どんな状況であれ、自分にできる事を見つけ、それをやっていく…。当たり前のことかもしれないけど、なんだか心に残る。

水仙

ママフォースで知り合った中国人女性「安」と鮫島のエピソード。

中国人女性「安」は「水仙(スイシェン)」というコードネームを持つ中国国家安全部の人間だった。

「安」と出会った時点で、彼女の怪しさに気付いた鮫島はさすが。それだけでなく「安」との会話を全て録音しておき、報告書にまとめて提出済みという抜かりのなさも見事。「安」の正体が判っているとはいえ、彼女との会話はスマートでかっこいい。

「スイシェン」と声を掛けてきた男について

男は警察の人間であり、安の協力者でもあった?

鮫島が安と歩いている時に「スイシェン」と声を掛けてきた男は、鮫島が見抜いたとおり警察の人間なのだろう。そして、その男が「スイシェン」という名前を知っているという事は、彼女が中国国家安全部の人間であると知っているという事になる。男に正体を知られているにもかかわらず「安」が日本で活動を続けているという事は、あの男は「安」の協力者ということか。

ママフォースで鮫島に接触してきた公安総務の2人によれば、現在事情聴取している男が「鮫島と安が、中国国家安全部が情報収集に使っているバーに立ち寄った」と、証言している。証言した男というのは、あの晩に「スイシュン」と声を掛けてきた男でしょう。男が事情聴取されているという事は、やはり「安」の協力者だったようですね。

男は鮫島の事を知っていた?

「あの男の事を知っているのか」と、安に聞かれた鮫島は「知らない」と話していたが、男の方は鮫島の事を知っていたと思われる。なぜなら、男が鮫島の事を知っていたからこそ公安総務の2人が現われたわけなので。(男が鮫島を知らなかったとしたら、公安総務が鮫島に辿り着く事はできなかったはず)

男は、あの晩何をしていたのか?

ところで「スイシェン」と声を掛けてきた男は、あの晩何をしていたのか?

偶然見かけたというのは不自然ですし「スイシェン」の協力者であるならば、警察の職務として「スイシュン」を尾行したりするはずもないですよね。とすると、男は安の協力者でありながら、安に惚れて追いかけまわしていたって事ですかね??男に声を掛けられた際の「スイシェン」も怯えた様子だったし。男としては「スイシェン」が鮫島と一緒にいるところを目撃した為に、思わず声を掛けたって感じでしょうか??

あるいは、公安に尾行されている事を悟り、スイシュンに助けを求めたとか??

鮫島が全力で仕事をするわけ

安との会話の中で鮫島が語った台詞。

「私が今の場所にいて、全力で仕事をすることが、彼らへの、何よりの復讐です」

鮫島に出来る事は全力で職務をこなす事であり、それは新宿署に厄介払いした上層部の人間達に対する復讐でもあったのですね。なるほど。

五十階で待つ

街を裏で支配する「ドラゴン」というボスの次期候補として、ある若者がホテルの五十階に呼び出されるというエピソード。

どんでん返しが用意されている短編で、こういう話って現実世界でも有りそうだなと思った。詐欺をやる人間の発想力は凄い。

「ドラゴン」を信じてしまう若者は滑稽だが、自分の能力を認められるのは誰だって気分が良いだろう。騙された若者の気持ちはわかるような気がする。

鮫島が普段係るような犯罪者から比べれば、この若者はかわいいもの。鮫島が若者に職務質問した際、もしかしたら心の中でクスっと笑ったかもしれない。

霊園の男

「狼花 新宿鮫」の後日談。野間の墓の前で、鮫島と矢吹が言葉を交わすというエピソード。

緊張感が伝わってくる短編。だが「狼花 新宿鮫」をまだ読んでないので、登場人物の思いや感情が理解しづらかった。

「狼花 新宿鮫」の作中で、野間という男が鮫島に撃たれて死亡したらしい。その野間の墓所の費用を鮫島が負担しているのは立派だなと思った。

鮫島はそう考えたくはないようだが、二人の解釈によると、野間が鮫島に銃を向けなかったのは、鮫島に撃たれて死ぬつもりだったから。そして、野間が残した「あ」という言葉について、矢吹によると、それは「オブリガード」つまり「ありがとう」であろうと。

野間の最後の真相を知った矢吹は「あの人がそういった人間を殺すわけにはいかない。じゃあな」と言い残して去って行った。

野間との最後のやり取りがなければ、鮫島は矢吹に撃たれていたかもしれない。「狼花 新宿鮫」を読んだら、もう一度この話を読んでみよう。


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