小池真理子「異形のものたち」を読んで
更新日: 2022-02-17 01:38:08
面
農道を歩いていたら、般若の面を付けた女に遭遇してしまったというお話。怪談新耳袋っぽい映像にしたらいいかもですね。
Wikipedia によると「般若の面」とは「般若面、あるいは単に般若は『嫉妬や恨みの篭る女の顔』としての鬼女の能面」とある。「嫉妬」と「恨みの篭る女の顔」という点が、この短編と同じであると思いました。
以下は、私の想像と解釈です。
般若の面を付けた女が農道の遥か向こうの遠い所から来るというのは、あの世から来るということ。そして、その正体は「女性を泣かした男」の命を奪う死神(鬼女)である。
死神(鬼女)が日傘を差しているのは「嫉妬や恨みという感情は、表には出さずに隠そうとするもの」という事を表している。そして、日傘をずらして邦彦に面を見せたのは「お前を許さない」という気持ちや威嚇を表したもの。
母は昔、農道で「何か」を目撃したらしいが、それは邦彦が遭遇したのと同じ死神(鬼女)だったのでしょう。しかし、母が女性であった為、死神(鬼女)は何もしなかった。その代わり、浮気をして母を泣かせた父の命を奪っていった。
母と邦彦が父のお見舞いに行った際、母は病室で死神(鬼女)に取り憑かれてしまいました。そして母は、邦彦に買物を頼みました。その理由は、父にとどめを刺すためであり、その為には父を一人にする必要があったから。(母親はかつて、農道を「一人」で歩くなと言い聞かせていましたが、つまり、死神(鬼女)は相手が「一人」の時しか手を出す事ができないということ)
父が息を引き取る際に「ザマアミロ」という母の声が聞こえたのは、取り憑いた死神(鬼女)が母の体を使って発したからであり、普段は明るく太っ腹である母が一時的に恐ろしい般若の顔になったのもそれが理由である。
邦彦が農道ですれ違った般若の面を付けた女が、死神(鬼女)であるとするならば、ラストの直後に邦彦は命を奪われてしまうのだろう。その理由は、浮気をして妻の礼子を泣かせた過去があるからだ。邦彦は、恐ろしくなって慌てて逃げだしたが、果たして死神(鬼女)から逃げられるのだろうか…。
森の奥の家
親友家族との思い出が詰まった別荘に一人でやってきた女性のお話。
ゆっくりとした時間を感じる短編作品であり、怖いというより安らかになる感じがしました。一方で、独りぼっちという淋しさも感じられます。成仏して親友家族と再会できることを願うばかりです。
日影歯科医院
街の外れで見つけた古びた歯科医院で治療を受けた香澄のお話。ドロドロとしていてホラーとミステリーの要素を合わせ持った短編作品。
読み終わった後にいろいろと想像してしまう。例えば、5人家族はどこに消えたのか?死んだのか?患者がいないのに歯を削る音がしたのはなぜか?子供の泣き声を消すため?死んだとしたら死因は何か?家族全員が同時に亡くなったのか?川に身投げしたとか?それとも裏の雑木林で?秘密部屋をコンクリートで作る必要があったのか?
妄想が膨らむが、真相は不明である――。
ゾフィーの手袋
夫を亡くした妻が、ゾフィーという女の霊を目撃するというお話。
奥さんにとっては怖い話ですが、読んでいる私はゾフィー側に立ってしまったので悲恋の話だと思いました。
地下鉄に乗っているシーンが印象的で、明との今生の別れを受け入れるしかないというゾフィーの気持ちを想像すると、胸が締め付けられ、守ってあげたいという気持ちになります。
一方で、納戸や仏壇にゾフィーの霊が現われるのはなぜでしょうか?奥さんに対する嫌がらせや攻撃の意図は感じられないし、天国で明と再会すればよいではないか?と思うのだが…。
それとも、自死したゾフィーは天国には行けないのでしょうか?だとすると、ゾフィーは永遠に救われないですね…。
その他、ゾフィーの死後から明が亡くなるまで4年半ありますが、その期間にゾフィーの霊が現われなかったのはなぜでしょうか?
山荘奇譚
霊が出るという山荘の仮取材から帰って来た美鈴が、滝田の部屋に訪ねて来る…というお話。
- 浴衣で地下室に入ると霊が出現するらしいが「浴衣」にどんな意味があるのだろうか?
- 山荘から帰って来た美鈴は、滝田からの電話やメールに応答しなかったが、その理由は何だろうか?
- 音信不通だった美鈴が突然連絡してきたのはなぜか?
- 美鈴は霊に取り憑かれてしまったが、過去において、山荘のスタッフに霊が取り憑く事はなかったのだろうか?
- 東京に帰って来た美鈴に霊が取り憑いているということは、もう山荘から幽霊が居なくなったのでしょうか?だとすると、山荘の人達にとっては良かったのでしょうね。
- 滝田と恩師についての描写を全カットしても作品が成り立つような気がしました…。
想像は膨らむが、根拠なき想像で終わってしまいそう。
緋色の窓
夕立の後に窓辺で佇んでいたのは、亡くなったはずの妾の女だった…というお話。ホラーというより、ミステリー色が強くて、残された謎が気になる。
以下、残された謎に対する私の想像となります。(カッコ内は物語の中で書かれている事)
義兄は隣家で何をしていたのか?
車の音がしたので義兄が帰宅したのかと外に出てみると、車はどこにもなく、義兄が隣家から出てきた…という謎。
(顔色が悪く、意識がもうろうしているようで、酔っぱらっているかのようだった)
(義兄は、タクシーで帰宅していないと答えた)
車の音は、一人で淋しくしている妾が作り出した幻であり、義兄が隣家から出てきたのは、一人で淋しかった妾の女が義兄を呼び寄せたからではないか。
夕立の後に見たのは、妾の幽霊だったのか?
でしょうね。
あるいは…実は妾の女は生きており、死んだのは妾を囲っていた社長だった、というパターンがあってもいいかもですね。庭の草木が荒れ放題になったのが不自然だと思っていたのですが「その理由は社長が死んだから」であれば納得できます。
姉が義兄(夫)の浮気を疑っている点について
(姉は、夫に女性の影を感じると言った)
一人で淋しい妾の女が義兄を引き寄せようとしており、その影響で女の影を感じたのではないか。
引っ越しの時、義兄が隣家に向かって一礼したのはなぜか?
これは、最大の謎ですね。
例えば…お妾を囲っていたのは義兄の父親ではないだろうか。義兄が借りている住宅は、義兄の勤める会社が用意したものではなく、義兄の父親が用意した。
(義兄の父親は、千葉県で大きな海産物加工業を営んでいる)
妾が住んでいた住宅の表札は「市川」であったが、それは偽名であり、その名の由来は父親の経営する会社か自宅が千葉県市川市であり、そこからとったのではないか。
もしも、千葉県市川市であれば、東京都に隣接している為、妾の住む家まで通う事が可能であるし、東京湾に面しているので水産加工業という点も説明がつく。
義兄が引っ越しの時に妾の家に向かって一礼したのは「父がお世話になりました」という感謝や哀れみの気持ちを表したものではないだろうか。
姉の子供が「妾の女」の絵を書いたのはなぜか?
葬式すらしてもらえなかった妾の女が、自分の存在をこの世に残すために子供に影響を与えて書かせたのではないか。(でも、なぜこの子が選ばれたのだろうか?)
姉の子供が書いた「妾の女」の絵を処分したのはなぜか?
(姉は、あの絵を嫌っていたが、義兄は気に入っていた)
姉でしょう。姉は、あの絵が妾の女と似ているので好きになれなかったから。