名無しさん

カズオ・イシグロ「日の名残り」(二日目 朝)を読んで

公開日: 2021-07-27 21:37:23 (5680文字)
更新日: 2021-07-29 12:46:03
読書感想 日の名残り 小説 カズオ・イシグロ
夜明け前に目が覚めてしまったスティーブンス。ふとミス・ケントンからの手紙を反芻する。20年もの間、一度も会ってはいないのに心の中でミス・ケントンと呼び続けるのはやはり、気があるのだろう。でも、よく考えてみれば、20年も思い続けるってどうなんだろう?20年も経てば想いも小さくなり思い出す頻度も少なくなってきそうなものだが。その間に別の女性と出会うことだってあったはずなのに。まるでどこかの時点から時が止まっているようだ。

ミス・ケントンの結婚生活が破綻しそうになっていると推測するスティーブンス
ミス・ケントンからの手紙について、ミス・ケントンの結婚生活が破綻しそうになっていると推測するスティーブンスだが、もしかしたら本心ではチャンスととらえているのかもしれない。

ダーリントン・ホールにもどって残りの人生を働いて過ごすことは、ミス・ケントンにとって、喪失感の慰めになるでしょう、と語るスティーブンスだが、まるで自分に言い聞かせているようにも聞こえる。

ミス・ケントンからの手紙の一文を語るスティーブンス。その一文について、「何か新しい事を始めた、あるいは、生活環境が変わったなどで先に対する不安、戸惑い」のようなイメージも沸く。しかし、「結婚生活に絶望している」というイメージは感じない。

なぜミス・ケントンはスティーブンスに手紙を送ったのか?
そもそも、なぜミス・ケントンはスティーブンスに手紙を送ったのか?20年間も会っていないし、クリスマスカード以外では7年間で初めての手紙らしいし。。。

職場恋愛はご法度・・・らしい。
雇人どうしの結び付きは、屋敷の秩序にとって一大脅威らしい。特に指導的な立場の雇人がそのようなことになると、屋敷の運営に甚大な影響を及ぼすそうだ。これはスティーブンス個人の意見なのでしょうか?それとも、当時の執事業界では当たり前の考え方なのでしょうか?いずれにしても、スティーブンスは「職場恋愛をするようなやつは」と言わんばかりに、毛嫌いしているようだ。

執事の待遇は低い?
関節炎やその他の持病を持つ70代になったスティーブンスのお父さんが、ダーリントン・ホールで一緒に働くことになった。この歳になっても働かなくてはいけないほど、執事の待遇というのは低いものなのでしょうか?しかも、住み込みで働くということは、自分の住まいもないということか。

細かい事?まで指導するスティーブンス。そして、気の強そうなミス・ケントン。
ミス・ケントンは、仕事上は下の立場であるスティーブンスのお父さんを「ウィリアム」と呼んでいた。それは至って普通の呼び方である。しかし、スティーブンスは、その呼び方が気に入らないようで、ミス・ケントンに対し、「ミスター・スティーブンス・シニア」と改めるよう指導する。(スティーブンスは、父を、そう呼ぶのが相応しい人物だと思っている)。スティーブンスは、意識が高いというか、プライドが高いというか、お堅いというか、細かい事もはっきりと言う人物のようだ。対して、ミス・ケントンは上司であるスティーブンスに、「そう呼ぶに相応しいとは思えない」という自身の考えをきちんと説明した。ミス・ケントンの言う事はそのとおりなのだが、気が強そうだなという印象。磁石のように反発しており、この二人が恋愛関係になることは今のところ想像できない。

スティーブンスのお父さんには老いの問題がある。
スティーブンスがミス・ケントンに対し、お父さんの事をミスター・スティーブンス・シニアと呼ぶよう求めたのは、お父さんがそう呼ぶに相応しい人物という事なのだが、現実にはお父さんは年齢の為か小さなミスを度々起こしているようで、その事にミス・ケントンは最初から感じていたのかもしれない。だから、スティーブンスに対して「なぜ下の者をそう呼ばなくてはならないのか?」と意見したのだろう。対してスティーブンスは、父が度々起こす小さなミスを甘く見ているのか、認めたくない様子。

スティーブンスの言葉に思わず笑ってしまった。
ミス・ケントンにも意地というかプライドがあるのでしょう。ですから、スティーブンスから、お父さんの呼び方について指導されたことに納得していない様子。なぜなら、お父さんは度々ミスを犯しており、そう呼ぶに値しないから。それをスティーブンスに認めさせようと、お父さんのミスをスティーブンスに報告するが、スティーブンスは父のミスを意地でも認めたくない様子。なんだか子供同士が張り合っているかのようで、コントみたい。スティーブンスがコミカルで笑みがこぼれてしまった。ミス・ケントンが、「お父さんが置物を置く場所を間違えた事」をスティーブンスに報告すらと、スティーブンスはそれを認めたくないので、「間違っているかもしれないことを認めましょう」と言ったのには思わず笑ってしまった。(初めて読んだ時は、笑わなかったような気がする)

父の老いが見えていない?スティーブンス。
やはり、ミス・ケントンは、お父さんはミスター・スティーブンス・シニアと呼ぶに相応しくない状態ということに気づいていた。スティーブンスは気づいているのか、あるいは認めたくないのか、うちの親に限ってまさかそんなことはないだろうといった感じで問題視していない様子。

そして、ついにお父さんが仕事中に足を躓いて転倒してしまい、屋敷の主人であるダーリントン卿からも、お父さんの仕事を減らしてはどうかと言われてしまう。

会話の少なくなったスティーブンスと父
ここ数年来、理由については本人にもわからないということだが、スティーブンスと父は、仕事以外の会話はほとんどしていないらしい。なぜだろう?老いからくる父の仕事上のミスについて、実はスティーブンス自身も無意識?に感じており、老いていく父の姿から目を背けたかったのかもしれない。(老いていく父の姿とは、老いる事で当たり前の事をする事が困難になっていき、スティーブンスが理想とする執事像からかけ離れていってしまうこと。そういった姿を見るのが辛かったのかもしれない)。

お父さんの部屋は屋根裏部屋
お父さんに仕事の件を話すため、お父さんの部屋に行く。父の部屋は屋根裏にあり、まるで独房のようだと語るスティーブンス。執事の待遇はやっぱり悪そう。

スティーブンス家はどこに住んでいたのか?
スティーブンスもお父さんも、ずっと住み込みで働いている。お父さんは、ダーリントン・ホールの前に働いていていた屋敷でも住み込みだったようだ。では、スティーブンスが子供の頃、スティーブンス家はどのように暮らしていたのだろうか?どこかに部屋を借りていたのだろうか?

親子での会話が減っている理由
今後、お盆で何かを運ぶ仕事は一切禁止にすると、父に通知するスティーブンス。だが、転倒した件について、父は素直に認めてはいない様子。二人の会話が減っているというのは、お互いに老いた姿を見たくない、見られたくないという思いがあるからなのか?

転倒してしまったことを受け入れられないスティーブンスのお父さん
ある日の夕方、転倒してしまった石段にて、登ったり下りたりを繰り返す父を屋敷の窓から見下ろすスティーブンスとミス・ケントン。父は、転倒した事にショックを感じているのだろう。それは老いからくるものなので仕方がないのだが。

気分を良くするスティーブンス
ニワトリを轢きそうになって車を停めるスティーブンス。すると、ニワトリの飼い主が現われ、ニワトリを轢かずに助けてくれてありがとうと感謝され、気分を良くするスティーブンス。人から親切にされたり感謝されると、人ってやっぱり気分が良くなるものなのですね。なんか旅っていいなというエピソード。

執事という仕事について
思うに、執事の待遇というのは、名家の屋敷であっても、かなり悪いという印象を持った。例えばスティーブンスの場合、住み込みで、独身なのに、わずか数日の旅行に行くだけの蓄えしかないという。スティーブンスは、執事としての誇りを持って職務を遂行しているが、うがった見方をするならば、
「誇りが持てなきゃ、こんな仕事やってられるか」ということなのかもしれない。

スティーブンスの父はよい父親ではなかった?
再び倒れてしまったスティーブンスのお父さん。だが、今回の場合は、足を躓いたのではなく、病気から来るもののようだ。屋根裏部屋のベッドからスティーブンスに「私はよい父親ではなかったようだ...」と話しかける。これはどういう意味なのでしょうか?例えば、想像ですが、ずっと仕事一本で家族との時間を大切にしてこなかったとかでしょうか?スティーブンスはお父さんの事を尊敬しているようですし、何があるのでしょうか。

あるいは、どんな父であれ、息子が幸せであればそれでいいはず。「よい父親ではなかったようだ..」と思ったのは、父から見てスティーブンスが幸せそうには見えなかったから?

ダーリントン・ホールでの国際会議について
国際会議の描写について、長いように感じた。この物語はいくつかの章に分けられているが、この「二日目 朝」が一番多くのページ数がある。この章の中で国際会議以外のエピソードも語られているが、メインは国際会議の件であり、多くのページ数を割いているということは、やはり重要な要素なのだろうか。それとも、スティーブンスにとって、重要な要素なのだろうか?

父の容態が悪化。しかし仕事を優先するスティーブンス。
お父さんの容態が悪化したため、父の屋根裏部屋に行くスティーブンスだが、すぐに仕事に戻らねばならないと告げ、容態を心配してくれているミス・ケントンらに任せて部屋を後にした。仕事に戻り、客人にワインを注いでいると、客人の息子兼秘書である(鈍感な)レジナルドから「気分が悪いのかい?」と言われてしまう。レジナルドは鈍感?な青年であると推測される。そのレジナルドにそう言われるということは、スティーブンスは父の容態にかなり動揺しているのだろう。そして、すぐにダーリントン卿から「大丈夫かスティーブンス、なんだか泣いているように見えたぞ」と心配される。スティーブンスは父の死を悟っているようだ。それでも、涙をこらえ、必死で職務を遂行する。

父の死
すると、階下に降りてきたミス・ケントンから父の死を知らされる。しかし、今はまだ父の死顔を見には行けないとミス・ケントンに告げる。ミス・ケントンと別れ際に「私を薄情と思わないで下さい。今行けば父の期待を裏切ることになると思います」と言うと、ミス・ケントンも「もちろんですわ」と同意してくれた。

スティーブンスが執事という職務に一生懸命な理由とは?
スティーブンスが執事という職務に一生懸命なのは、「父からの期待に応えたい」、「父から認めてもらいたい」、「父に追いつきたい」、という思いが根底にあったのか?

スティーブンスの父はどんな人だったのか?
スティーブンスの父は、スティーブンスが立派な執事になる事を求めていたのだろうか?スティーブンスの父は、スティーブンスと同じように仕事を最優先する人物だったのかもしれない。また、品格の話でもあったように、家庭内においてもあまり感情を出さない人物だったのかもしれない。もしもそうだとすると、スティーブンスが仕事一筋の人生で独身でいるのは、そういった父の影響を大きく受けたためではなかろうか。そして、そんなスティーブンスを見て「自分はよい父親ではなかったようだ(自分がよい見本になれなかった)」と感じたのかもしれない。

父への憧れ?
スティーブンスが父親と同じ執事という職業に就くということは、それだけ父の事を好きとか憧れがあったからだと想像する。それに、父を嫌っているのなら、自分と同じ職場に父を迎え入れはしないだろう。父に自分の姿を見て欲しかったという気持ちがあったのかもしれない。

父の死の直後の描写
仕事が一段落し、ミス・ケントンと共に父の屋根裏部屋に行くスティーブンス。部屋に入ると、その場にいた者の描写はあるもにの父の描写やスティーブンスの気持ちなどは一切語られない。これはどういうことか?

自身の行動を誇らしく思うと語るスティーブンス
父の死を思い出す時、あの日が執事としての一大転機であったと語るスティーブンス。悲しい思い出でもあるが、自身に誇らしさを感じると語るスティーブンス。

誇らしさとは、自分でも遠慮気味に語っているとおり、父の死と国際会議が重なるという大変な状況の中でも、父も含めて偉大な執事と呼ばれる人達のエピソードのように、執事としての職務を冷静に遂行することができた、という気持ちでしょうか。偉大な執事、品格のある執事に大きく近づくことができたし、(父の意識は朦朧としていたかもしれないが)、そういった自分自身の姿を父に示す事もできた、という何か大きく前に進めた?といった気持ちでしょうか。

本心では、父が危篤の際の自身の行動について、迷いもある?
一方で、最後の数行を読むと、スティーブンスの中に、どこか後悔というか葛藤というか迷いのようなものを感じさせる。本当はずっと父のそばに居てあげたかった?しかし、仕事にも戻らなければならないし、こんな状況であっても執事としてあるべき行動を全うしなくては、という思いもあったのだろう。結局、仕事を優先したが、本当にそれで良かったのかという気持ちもどこかにあり、その気持ちを打ち消すため、自分は誇らしい行動を取ったと自分自身に言い聞かせているのだろうか?

その他感じたこと。
これまでの物語で執事という仕事と、父や国際会議のエピソードがメインだが、戦死した兄とのエピソードや、母についての話は一切ない。それはなぜか?

執事という仕事と父の存在は大きく関係しているように思う。つまり、スティーブンスの人生において、父の存在は非常に大きいということか。


二日目 朝 ここで終わり。

続きは、 二日目 午後
https://nanashisan.net/p.php?id=5yfjz

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