名無しさん

山本周五郎「橋の下」を読んで

公開日: 2022-03-17 19:52:28 (2588文字)
読書感想 山本周五郎 小説

山本周五郎 橋の下

https://www.aozora.gr.jp/cards/001869/card57700.html
青空文庫で無料で読めます。(12,288文字)

果たし合いをする為にやって来た若侍だったが、ある老人の過去の過ちを聞いたことで、自身の果たし合いが早まった考えであることに気付く。

目次

感想

だって、友達だもの

老人の思い出話に出てくる「だって、友達だもの」というセリフが好きです。とても温かみがあります。

若侍が果たし合いをしようとしていることに、老人は気付いたのか?

若侍は、夜明け前という時間帯に一人で河原にやって来た。しかも、下に白い着物を着て…。おそらく老人は、この若侍が果たし合いの為に来たのだと気が付いたはずだ。

老人が身の上話をした理由

自身の過去について語りだした老人ですが、最初は特に理由もなく語っているだけだと思いました。しかし、後になって考えてみると、そうではなくて、自身の経験が若侍の為になる事を願って、それとなく話したのだと思う。

老夫婦はなぜ世間と距離を置いているのか?

以下は若侍の心の声ですが、この老夫婦をよく表している言葉だなと思う。

――この人はいってしまうな。

若侍が悟ったように、この老夫婦は誰にも会うことなく、どこか別の土地に行ってしまうのでしょう。

老夫婦はなぜ世間と距離を置いているのか?

もし、自分がホームレスだったら、人目を避けて生きていくと思う。誰にも見られたくないし、そっとしておいてほしいという気持ちになると思う。

この老夫婦も同じだろうか?

人目を避けて、ひっそりと生活したいから、同じ土地に長く留まる事を避けて、あちこち移動しながら生活をしているのだろうか?

老人は幸せか?

老人の生活はどんなものだろうか。

「ここから見るけしきは、恋もあやまちも、誇りや怒りや、悲しみや苦しみさえも、いいものにみえます」

別の世界で生きているという老人から見ると、世間の日常はどんな事でもいいものに見えるのだろう。なんだか悲しい言葉ですね。

だけど、この老夫婦には同情するけど、可愛そうだとはあまり思わなかった。そう思ったのは、どんな生活であれ、それでもこの老人が自分で決めた人生だったからだろうか。

テレフォン人生相談のパーソナリティを務める加藤諦三氏が「事実は変えられなくても、解釈は変えられる」と話していたのを思い出す。

例えば、良く眠れずに尿意で何回も目が覚めてしまう老人がいたとする。この時「ああ、今夜も良く眠れなかった…」と悲観するか、それとも「眠れなかったけど、まだ自分の足でトイレに行く事が出来るじゃないか」と思えるかの違いで、その人の幸せ度が変わるのだそうだ。

つまり、どんな事でもそれを幸せと解釈できれば幸せになれるという事です。美輪明宏さんや村西監督も同じような事を話しておられました。

では、この老人はどうだろうか?

貧しいけど何とか食べる事ができているようだし、痛風とはいえ何とか体を動かす事もできます。それに、ずっと付いてきてくれた妻もいます。

世間と比べれば、貧しくて苦しい生活かもしれないけど、もっと悲惨な暮らしを強いられている人から見れば、まだ恵まれていると思われるかもしれない。

老人は今の暮らしの中で幸せを感じる事はあるのだろうか?

そんな事を考えた。

「金五十両」と共通性がある

人との出会いがきっかけとなって気持ちが変化するという点は、同じ著者が書いた短編作品「金五十両」と共通性があるなと思いました。

「金五十両」では、ある親子との出会いから新しい価値観や生きる活力を得たのに対し、この作品では老人の話を聞いて、自身の決断を改める事になりました。

日の名残りのスティーブンスを思い出した

この物語の老人は、過去の経験を「後悔」とまでは言えないかもしれないが「あの判断でよかったのか?」という気持ちをもっている。物語を読みながら、この老人の姿と「日の名残り」の「スティーブンス」が重なりました。話し方も似ているような。

老人から得られる教訓

しなくても済む過ち、取返しのつかない過ちはしない方がいい。

「あやまちのない人生というやつは味気ないものです、心になんの傷ももたない人間がつまらないように、生きている以上、つまずいたり転んだり、失敗をくり返したりするのがしぜんです、そうして人間らしく成長するのでしょうが、しなくても済むあやまち、取返しのつかないあやまちは避けるほうがいい、――

ニュースを見ていると、ちょっとした口論からついカッとなって人を刺してしまうような人がいるけど、こういった行為もしなくても済む過ちですよね。もう少し身近なものだと、煽り運転なんかもそうではないだろうか。他にもキレて大声を上げる人とか。

これらは全て、自身の感情をコントロールできなかった結果ですよね。

老人は、果たし合いという選択に突き進んでしまったけど、言い方を変えれば、それが「若さ」って事なのかなと思いました。それに加えて、熱くなった恋愛感情で冷静さを失っていたであろうし、友人に女を奪われ簡単には引き下がれなかったというのもあったと思う。

「あのとき友達のところへゆくまえに、茶を一杯啜るだけでも、考えが変ったかもしれない、堀端を歩くとか、絵を眺めるとか、ほんのちょっと気をしずめてからにすれば、事情はまったく変っていたかもしれません、

ついカッとなってしまったとしても、一呼吸するだけでも違うのかもしれません。

しかし、人生の選択というのはなかなか難しいですよね。選択の結果、悪い方へ落ちてしまったとしても、それがきっかけとなって良い方向へ進める事もありますので。

選択が正しいかどうかは過去を振り返って初めてわかるもの。では、どうしたらいいのかと考えると、感情だけではなく客観的に判断することと、最悪の結果どうなるかを想像することでしょうか。

あとは、選択に失敗したとしても、後悔ばかりせずに前を見続けることも大事なような気がします。

清々しく気持ちの良い気分になった

ラストの描写で心が晴れ渡ります。

若侍はそのけしきを、しっかり覚えておこうとでもするように、やや暫く見まもっていたが、やがて向き直ると、練り馬場のほうへと歩きだした。

「その景色をしっかり覚えておこうとでもするように」という一文が印象的で、清々しく気持ちの良い気分になりました。澄んだ空気が胸の中いっぱいに広がる感じ。


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